結論

自分が出演した、東京・歌舞伎座で行われた長唄杵勝会の公演に事務所のスタッフが1人も来なかったことをブログで更新したことから、騒動が始まりました。なお独立については、本人が完全否定しています。


お笑いタレントの山田邦子さんが、事務所を辞めて独立するのではないかと話題になりました。

山田さんといえば、80年代にフジテレビの「オレたちひょうきん族」でブームを起こし、独立したビートたけしさんの抜けた太田プロダクションを支えた事務所の功労者です。

そんな彼女が39年間在籍した太田プロに対し、愚痴を言ったことからギクシャクしていると噂されているのです。

芸能生活40周年を前に、彼女は今後どうなっていくのでしょうか?

この騒動を徹底解明していきます。

プロフィール

東京都出身の山田邦子さんは、学生の頃から物真似などで人気者となります。

一時は落語家を目指して早稲田大学の寄席演芸研究会に入部し、『可愛家マッハ』の芸名で活動します。

しかし落語家には向かないと悟り、漫談家へと転向していきます。

一方で、西城秀樹さんのモノマネで「TVジョッキー」に出演したのをきっかけに、素人参加番組に次々と出演していきました。

本格的にプロの芸能人として活動するきっかけとなったのは、素人勝ち抜きコーナー「お笑い君こそスターだ!」に出演してチャンピオンになったことでした。

そして、1981年に太田プロダクションに所属。

バスガイドのネタの、「邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド編)」でレコードデビューしています。

同じ年にTBSドラマ「野々村病院物語」で女優としてデビューもしていますが、次第にお笑いタレントに比重を移し、「オレたちひょうきん族」などのバラエティ番組に数多く出演していきます。

全盛期にはテレビのレギュラー番組を週14本も抱える売れっ子タレントとなり、冠番組も多く持つようになります。

そうして、女性ピン芸人として唯一天下を取ったお笑いタレントとも評されました。

しかしその後、恋愛などでのバッシング報道が続き、次第にテレビの露出が減少していきます。

そんな時に、彼女の体に乳がんという病魔が忍び込んでいきました。

2007年4月に出演した「最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学スペシャル」の中で、自己検診によって胸に違和感を覚えたのが始まりでした。

乳がん摘出手術以降はタレント活動の傍ら、ガンに関わる啓蒙活動にも積極的に参加するようになります。

そのほか、1990年には『あっかんベーゼ』で小説家としてデビューし、2019年5月には長唄杵勝会の名取として、『杵屋勝之邦』を襲名しています。

事務所との騒動

山田さんと事務所との関係が取沙汰されたのは、2019年4月29日に更新した彼女自身のブログでした。

その前の日である4月27日と28日、山田さんは『杵屋勝之邦』を襲名するため、東京・歌舞伎座で行われた長唄杵勝会の公演に出演していました。

その時の模様を、ブログにひと言書いたのが始まりでした。

そこではこの長唄杵勝会の公演について、「太田プロダクションの事務所スタッフには誰ひとりも観てもらえなかったことがとても残念でした。このことは新しい令和の年に向けいろいろ整理がつく出来事にもなりました」と書き込んでありました。

まるで事務所と絶縁でもするかのようなこの発言は、周囲に波紋を投げかけました。

それに加えて5月5日のラジオ番組で、事務所の後輩である有吉弘行さんが「やめるな」と発言したことも、彼女が事務所を辞めるのではないかということを印象付けてしまったようです。

それに輪をかけるように、今度は女性週刊誌が山田さんと事務所との関係悪化を記事にしました。

このことで、独立騒動がクローズアップされたのです。

彼女はこの騒動に対し、「私がちょっと愚痴を言ったので事務所を辞めるんじゃないかということになっちゃって。すみません」と謝罪した後で、「有吉が悪いのよ。アイツがラジオなんかで『山田邦子辞めるんだ』と、そういうこというから変になる」と話して取材陣の笑いを誘っていました。

しかし、ここ数年事務所のフォローが足りなかったことは事実のようで、「事務所は私に関心がない」「私のマネージャーは動いてない状態でもう末期的」と語っており、事務所の関係は溝が深いのかもしれません。

独立か!?

やはり山田さんは独立を考えているのでしょうか?

彼女にその質問をぶつけてみると、「ない」と完全否定をしました。

都内で行われた芸能生活40周年記念公演、「山田邦子の門」上演発表会に出席した時のことでした。

報道陣からの独立騒動についての質問に完全否定し、「とりあえずこの舞台を成功させることです」と笑顔で語っていました。

舞台「山田邦子の門」は、プロレス界に新規参入するという芸能プロダクションを舞台に、山田さんが演じるプロダクションの社長と騒動に巻き込まれた所属タレントの物語を描いたもの。

この舞台について彼女は、「自分のことと話がリンクしちゃって変な感じ」と苦笑いをし、自身のマネジメント方針を「話し合っている最中です、実際。良いようにやってくださるという太田プロダクションの話なのでうまくいけばこのままです」と、残留を示唆していました。

「こんなに大きい舞台を考えてくださったんですけど、試練もあって」と、40周年の節目に当たる大舞台に充実した表情を見せていました。

この舞台は太田プロのバックアップで行われるもので、今回は事務所のスタッフが4人ほど来ていたとのこと。

どうやら、独立衝動は収束に向かっているようですね。

山田さんも芸能生活40周年ということで、月日の経つ早さを感じます。

ここのところテレビではあまり見かけなくなりましたが、もう一度バスガイドのネタを披露してもらいたいものですね。

まだまだ頑張ってほしいタレントさんです。