結論

父親の最期を看取れなかった真剣佑さんでしたが、Instagramにて父への思いを語っています。

俳優の新田真剣佑さんの父親は、2021年8月に亡くなったことが明らかになった、同じく俳優の千葉真一さんです。

一時期は不仲説も流れていたようですが、それは本当だったのでしょうか?

今回は真剣佑さんの家族の中でも、特に父親とのエピソードをご紹介していきます。

父親への本音

真剣佑さんは、父親が国際的アクションスターの千葉真一さんで、弟の眞栄田郷敦さんも俳優をやっている、まさに芸能一家の家族を持っています。

その中で千葉真一さんは、2021年8月19日に、2020年ごろから世界的に流行しているウイルスによる肺炎のため、82歳でこの世を去りました。

告別式などは、限られた人のみで行われたそうです。

真剣佑さんは俳優活動でアメリカにいたため、駆けつけることができませんでした。

告別式には千葉真一さんの元奥さまと、弟の眞栄田郷敦さんが出席しました。

仕方がないことではありますが、真剣佑さんは父親の最期を看取ることができなかったのです。

そんな中で真剣佑さんは、8月20日に自身のインスタグラムを更新し、亡くなった父親への本音を綴っていました。


子どもの頃の、千葉真一さんと一緒に写っている写真とともに、英語で

「私がどこにいても、あなたはいつも私の心の中にいます。お父さん、本当に愛してる」

という文章を投稿しました。

親子の確執があったとしても、それは本人たちにしか分かりません。

実際のところ、真剣佑さんと千葉真一さんの間に何かあったのかは分かりませんが、おそらくこの文章が真剣佑さんの父親への本音なのでしょう。

英語で書いたところも、長く海外で活動していた千葉真一さんへの気持ちの現れなのだと思います。

最期を看取れなかったのは心残りかもしれませんが、

「いつも私の心の中にいる」という一文からは、父親への愛を感じました。

父は化け物

2017年頃の話ですが、真剣佑さんは千葉真一さんのことを「父は化け物」と表現しています。

このとき千葉真一さんは78歳、真剣佑さんは21歳でした。

年齢だけを見ると、真剣佑さんは千葉真一さんにとって、遅くにできた子供だということが分かりますね。

千葉真一さんは元々、女優の故・野際陽子さんと結婚・離婚しており、1996年に28歳下の一般女性と再婚。

真剣佑さんと眞栄田郷敦さんの母親は、千葉真一さんの二番目の奥様である一般女性の方なのです。

祖父と孫という関係でも不思議ではない年齢ですね。

そんな年の離れたお父さんのことを、真剣佑さんは「化け物」と言っていました。

千葉真一さんは自転車でトレーニングをしている時に、転んでしまったことがありました。

しかし大ケガをすることはなく、本人から

「自転車でのトレーニング中にすっ転んだけど、ちゃんと受け身が取れた」と言われたそうです。

78歳という年齢を考えれば、そもそも自転車でトレーニングをしているだけでも凄いです。

一般的な78歳だったら、転んだだけでも大変なことになりかねません。

それをほぼ無傷であり、しかも受け身まで取れたというのは、確かに「バケモノ」と言いたくなる気持ちも分かりますね。

また真剣佑さんは、「父のように英語を生かした芝居がしたい」とも言っていたことがありました。

その気持ちがあったからこそ、今真剣佑さんはアメリカを拠点に活動しているのかもしれません。

息子には本物を

真剣佑さんは生まれた時からロサンゼルスで生活していて、2012年に16歳の時に帰国するまで暮らしていました。

千葉真一さんはハリウッドで活躍するアクションスターだったので、自宅にもよくアクションの教え子が来ていたそうです。

千葉真一さんも、息子たちには本物のアクションや肉体表現を見せたいと思っていたのでしょう。

そういう環境で育った真剣佑さんと眞栄田郷敦さんですから、俳優としても大成してるのかもしれませんね。

また、千葉真一さんは若い頃、野際陽子さんと結婚生活をしている頃は、自分の夢ばかりを追い続けていて、家庭は顧みない生活をしていたのだとか。

そのせいで野際陽子さんと離婚した、とも言われています。


だからなのかは分かりませんが、千葉真一さんは真剣佑さんと眞栄田郷敦さんには、精一杯の愛情を注いでいたようです。

アクションの教え子を自宅に呼んで本物を見せていたのも、千葉真一さんなりの子供への愛情だったのかもしれません。

他にも、真剣佑さんとゲームセンターに行ったとき、なかなか景品が取れずにいた千葉真一さん。

子どもの喜ぶ顔が見たくて、なんと1万円もつぎ込んだのだとか。

千葉真一さんの、ちょっと不器用でありながらもほっこりする父親エピソードですね。

父との不仲説

真剣佑さんは、父親との不仲説が囁かれていたことがありました。

いくつかそれを裏付けるエピソードもあるようですが、どれも確信と言える根拠はありません。

真剣佑さんは元々、『真剣佑』という名前で活動していましたが、のちに『新田真剣佑』と改名しています。

改名の理由は『ちはやふる』で演じた役名から取ったということですが、この時父親である千葉真一さんには相談がなかったそうです。

千葉真一さんは、「勝手に改名してた。前田でいいのに」と語っていたそうです。

また、2019年に行われた千葉真一さんの「芸能生活60周年パーティ」には、真剣佑さんも眞栄田郷敦さんも参加することが決まっており、

「千葉ファミリーが揃う」として前々から話題になっていました。

3人での会見も行われる予定だったようですが、パーティ開始前の会見に現れたのは千葉真一さんのみ。

このことについて千葉真一さんは、

「真剣佑はドラマの撮影があって、『最初からは行けない、ごめん』と連絡があった。郷敦はメイクとヘアセットに時間がかかってるだけ」

と言っていました。

しかし、真剣佑さんがパーティに現れたのが、終盤になってからだったことなどから、不仲説が流れてしまったようです。

もちろん真実は誰にも分かりませんが、真剣佑さんの亡くなった千葉真一さんに対するインスタのメッセージから考えると、あくまでも噂なのだと思います。

まとめ

最初にご紹介したように、千葉真一さんの長男だった新田真剣佑さんは、父親の最期を看取ることができませんでした。

自由奔放に生きてきた千葉真一さんですが、子供たちへの愛情は確かに伝わっていたようです。

一時期は不仲説もながれていましたが、決してそんなことはないのでしょう。

千葉真一さんのご冥福をお祈りするとともに、新田真剣佑さんの今後の活躍を期待しています。