チームのエースになれるぐらいに評価されてしまいましたが、練習をサボったことで監督の逆鱗に触れ、秘密兵器のまま終わってしまいました。
お笑いコンビ「とんねるず」の石橋貴明さん。
知らない人はいない程の超有名人でしょう。
1982年、『お笑いスター誕生』に木梨憲武さんと出演し、10週勝ち抜きしてグランプリを獲得しました。
そんな木梨さんとは、高校時代からの同級生です。デビュー後は数年の下積み時代を経験し、人気者に。
『ガラガラヘビがやってくる』『雨の西麻布』など、数々のヒット曲も生み出しました。
その後、長年テレビ界の第一線で活躍しています。
若い頃は高額のテレビカメラを壊したりなど、かなりの暴れん坊で業界内において数多くの伝説を残しています。
そのせいか、ネット上では嫌われ者でもありました。
常にパワハラだと言う指摘も上がっていたようです。
しかし、実は非常にまじめで礼儀正しく、後輩想いで周りを気遣える一面もあるそうです。
そのため、彼を慕っている後輩も沢山いるようです。
今回は、そんな石橋さんの、高校時代についてご紹介していきます。
高校時代
石橋さんは、高校で野球部に所属していました。
7歳年上の兄の影響で野球を始め、東京の名門「帝京高校」に通っていました。
帝京高校野球部の時代なくして、今の石橋さんは語れないでしょう。
石橋さんは帝京高校の野球部に所属していたものの、レギュラーメンバーというわけではありませんでした。
地区全体のレベルが高いとされる東東京で、帝京は地区最多勝を誇る強豪校です。
杉谷拳士選手や山崎康晃投手など、数々のプロ野球選手も輩出しているまさに野球エリート校なので、
そんな野球部で最後まで辞めずに活動を続けられていただけでも、相当野球の才能に恵まれていたに違いありません。
そんな帝京高校で、石橋さんは投手を務めていました。
そして、後にも先にも唯一ベンチ入りできたのが2年の秋季大会。
背番号は14番で、主にサードコーチャーを務めていたそうです。
また、当時監督を務めていた前田三夫さんは、とても厳しい鬼監督として知られており、石橋さんも当時は東京で帝京が1番練習していたのではないかと語っています。
しかしそれだけの厳しい練習に耐えた事を思うと、社会に出てツラいことがあっても、高校時代の練習より楽だと思い、乗り越えられたとも語っています。
雨の東京。
マッコイと貴ちゃんねるずの打ち合わせ。
真面目かぁ!!! pic.twitter.com/3xczKOQTiY— 石橋貴明 (@ishibashi_desho) October 19, 2020
帝京最後の秘密兵器
帝京高校ではとにかく練習に明け暮れ、雨の日でも毎日構わず投げていたそうです。
すると高校2年になる頃には、前田監督から「割と良い肩をしている」と言われるようになったのだとか。
「神宮に石橋あり」とも言われていたそうです。
実際に当時、都内の新聞にも乗ったことがあったようです。
その後2年のエース級が辞め、1番を背負えそうになるところまでいきました。
当然、そのまま1番を背負えると思っていた石橋さん。
しかし、ある雨の日に監督から「ダッシュをしておけ」と言われたのにも関わらず、全員でサッカーをしていた事がありました。
その時石橋さんはゴールキーパーをしており、監督が戻ってきたことに気が付かず、
「早く蹴ろよ!」と言っていた所をバッチリ監督に見られてしまいます。
当然監督にはカミナリを落とされ、翌日にはレギュラー組の練習から外されてしまったそうです。
ご本人曰く、そこで自身の高校時代は終わってしまったとのこと。
最終的には代打の切り札、「帝京最後の秘密兵器」とまで言われましたが、試合に出ることはなく、秘密の兵器のまま終わったそうです。
最近の活躍
石橋さんは数年前、「テレビからの戦力外通告を受けた」と発言しました。
発言のキッカケは、前身番組を含めると30年続いた冠番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』の終了を受けてでした。
しかし、笑いの神様は彼を見捨てていませんでした。
その後、石橋さんはYouTubeの世界に進出します。
当初はダメだったら引退するとまで語っていました。
そんな彼のYouTube進出について、世間では「一体誰が見るの?」「テレビから相手にされずに出ただけだ」など、散々な評判でした。
そして、懇意にしていたディレクターと「貴ちゃんねるず」の配信開始。
すると前評判をあっという間に覆し、チャンネル登録数は瞬く間に100万人を突破しました。
また、「貴ちゃんねるず」から生まれたユニット「ku-Wa de MOMPE」が歌う「Stranger to the city」は、山形県の応援ソングにもなりました。
「貴ちゃんねるず」の中で石橋さんは、今までと変わらない破天荒な芸風で、自分で面白いと思ったことをやっています。
ありかとう、おぎやはぎ。#東武東上線ライン pic.twitter.com/MqrL3fF6BC
— 石橋貴明 (@ishibashi_desho) June 18, 2020
コンプライアンスなどの問題で、今のテレビではできないような事でもYouTubeでやり続けてしまう、
そんな「貴ちゃんねるず」のテーマがウケているのかもしれません。
テレビから姿を消していた石橋貴明さんですが、「貴ちゃんねるず」の人気を受けてか、
ポツポツとゲストとして、またテレビ番組に出演をするようになってきたようです。
そして、出演した際の反響は非常に大きいようです。
またYouTubeを始めてから、若者から握手を求められることが増えたことも明かしています。
これからも、オファーがどんどん続くかもしれませんね。
まとめ
石橋さんといえば帝京高校。
「帝京魂」という言葉も、お正月の特番からすっかりお馴染みとなりました。
「帝京最後の秘密兵器」と言われていたものの、本当に秘密のままで終わってしまった高校野球時代。
長年テレビ界の第一線で活躍したものの、戦力外通告を受け、
「終わった過去の人」のようなイメージも持たれていた中、ユーチューバーとして再起した石橋さん。
その結果、新たなファン層を拡大しました。
ご本人も言っていた通り、前田監督のもと、厳しい練習に明け暮れた日々を乗り越えたからこそ、
テレビから戦力外通告を受けるというツラい目にあっても、また別の世界で活躍できているのかもしれません。
今後のさらなる活躍に期待したいですね。